青森行脚 ③

さて長々と旅先の出来事を書いてきましたが、今回の青森行きの別の目的である、鰺ヶ沢の焼きイカ屋さんのお話を最後に書かせていただきます。

私が青森にサラリーマンとして赴任したのが平成元年でした。

右も左もわからない若造は、手当たり次第にコミュニケーションをとって自分の居場所を作り上げるのに必死でした。

こう書くとたやすいことのように聞こえますが、相手は100%津軽弁です。

なかなか深いところでコミュニケートできないで一時はかなり悩みました。

私は海なし県に生まれたので、海が大好き。

あこがれでしたから、毎日の営業の合間に、西津軽の海に行くのが何よりの楽しみでした。

ただ黙って海をみるだけ。

それで十分でした。

あるとき海沿いに、「焼きイカ」と書かれた纏と看板だらけの悪く言えば掘っ建て小屋の群れがあることに気づきました。

なんの気無しにその中の1軒を訪れ、小屋の中を物色してみました。

そこには自分の親よりも年上に見えるオババがたった一人で淡々とイカを焼いていました。

オババは私に「暑いなあ、とまあとけべか?」と話しかけてきました。

一寸時間がかかりましたがオババが「トマト食べるか?」と言ってくれていることはすぐ理解できました。

津軽弁だとトマトは英語と同じアクセントになります。

ただトメイトウみたいではなく、トマトのマに短く強いアクセントがきます。

オババのアクセントは長めで、本格的でした。

私はその頃トマトが苦手で断ろうと思ったのですが、それじゃそこで話が終わってしまうし、第一オババの好意を無にしてしまいます。

私は「ください。」と返事をしていました。

ジュースやオロナミンCで一杯の冷蔵庫からオババが取り出したのは、吸い込まれそうに真っ赤に熟れた大きなトマトでした。

イカを切るナイフでオババはトマトを荒く無造作に切り、私に「け。」と差し出します。

私は右手で拝む仕草をしてそれを受け取り、口に放り込みました。

「ん?」暑い午後の海沿いの小屋で起きているとは思えないような素晴らしい味覚的快感が私を覚醒し、今までの悲しいトマト経験が崩壊し、私のトマト嫌いはその大きなトマトが私の胃の腑に入り切るのと同時に消え去っていました。

まさに「甘露」。

「ごちそうさまでした。」

オババは「めが?」と嬉しそうに言います。

「んめ!」心から答えました。

それから小一時間オババと話し、焼きイカをいただき、その旨さにこれまた驚き、私は最高の秘密基地ならぬ秘密小屋を手に入れました。

オババとの交流は1989年(平成元年)のこの時に始まりました。

それこそ私が青森に住んでいるうちに両親も紹介していますし、その後青森を離れても旅行に行くたびにオババの店には足を運んできました。

私の娘はイカが苦手で家では決して口にしませんが、このオババの焼いたイカなら喜んで食べます。

何杯もです。

単純に店の前の海で上がったイカを、なんら塩することなく一晩小屋のよこの干場に干し、客に言われたらば炭火で焼くという商売。

そこに住んでいなきゃできないし、ここに行かなかきゃ食べられない。

足が速いから送れないし、ましてや焼きイカ以外できない。

私はそういうのが好きです。

一時期入院していて心配していたのですが、オババは元気になり矍鑠と焼きイカを売り続けていました。

私はすごく嬉しかったんですよ、行くたびに笑顔で迎えてくれて、必ず何匹かおまけをしてくれる。

全く変わりなく話してくれるオババが大好きでした。

今回も当然鰺ヶ沢に行きましたからオババのところに寄りました。

もう付き合いも25年、久しぶりに見るオババは元気でした。

見た目はね。

しかし残念なことに私を見て、知っている人間だと認知はしたのでしょうが、旧知の私だとは分からなかったようです。

私が何を話しかけても他人行儀で上の空な反応。

注文したイカの数も5回も聞き返されました。

注文したイカを受け取るときにオババは私に

「運転手さん、いつもご苦労さん」

と言ってイカを2杯別に油紙に包んで渡してくれました。

いつもの笑顔で。

冗談ならばどれだけ笑い飛ばせたか。

たまらなくなり私は挨拶もそこそこに、小走りで小屋を出て、車に乗り込みました。

誰もが通る道なのかもしれません。

老いは平等にやってきます。

私の両親も83歳です。

他人事じゃないんです。

でもね。

オババは私という人間をすでに認知出来なくなったのでしょう。

オババの中に私の記憶がない。

でも彼女には、私にはサービスしなきゃいけないという記憶の断片がある。

そのぎこちなさがたまらなく悲しくて。

2杯のイカが私たちのわずかに残ったつながりを示しているようで。

なんだかものすごく寂しくなって、恥ずかしいのですが48の大男は声を上げて泣きたくなりました。

その時、ふと隣の妻を見たら、彼女はさめざめと泣いていました。

彼女も素朴で優しいフランクなオババのファンでした。

「あの様子だと、来年来たらおばあちゃんお店にいないかもしれないね。悲しいね。」

泣きながら言います。

本来ならば女性がおいそれと出入りしにくい店です。

私という人間と結婚しなければ縁のなかった店かもしれません。

思わぬ場所で素晴らしい個性の人間に出会えて、彼女なりにオババの店は、素敵な場所なのでしょう。

泣けなくなった私は「イカをいただこう」としか言えませんでした。

なんだか少しいつもより塩辛いイカが、それでも美味しくてたまりませんでした。


私は自分の両親が老いても元気で矍鑠としていることに慣れすぎているのでしょう。

自分の祖母や普段ボランティア演奏に伺っているお年寄りたちとのコミュニケーションで、現実として学んでいると勝手に思っていましたが、認識不足でした。

身近に起こる現実としての「老い」の姿に、未熟な私は年甲斐もなく驚いてしまい、今更ながら本当に恥じています。


また来年も再来年も、私は青森に行くでしょう。

無論オババの店にも行きます。

この素晴らしい土地や人、文化は私にとって第二の故郷にほかならないのです。

人とのつながりがあって、土地とのつながりもより深くなる気がします。

あらゆる意味で、今回の青森行脚、思い切って出かけて良かったと思っています。







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2014/11/17 (Mon) 14:28 |Blog

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